第123長距離偵察飛行隊第5中隊のBf109H: 1944年5月〜7月

栗人@ケータイ


 私は、第34回作品展のお題を受けてBf109Hの製作を目論んでいます。ご存じのとおりBf109Hはこれまで写真が公開されたことがない幻の機体であります。近年、何回かインターネット上で「写真発掘」の話が出ましたが、その写真の正体はBf109T型だったりBv155だったりということで結局まだ写真が無い状態が続いています。ついには、H型という固有の形式はなく、単に高々度対応装備のBf109Gをそのように呼んでいただけなのではないか、という説を唱える人も出ていたようです。

  そんな中で、英国のニック・ビール氏が自身で運営するウェブサイトhttp://www.ghostbombers.comの中で2008年に公開した表題の記事に行き当たったのであります。この記事は、公開されたウルトラ情報(ドイツ軍暗号通信の解読記録)、およびCSDIC(英軍諜報機関の一組織)がドイツ軍捕虜達の会話を盗聴した記録の中から実戦配備されたBf109Hに関する記録を発掘したものです。この記事を通じて偵察機として部隊配備されたBf109Hの装備や活動、そしてそのパイロット達が機体をどのように見ていたか、ということが垣間見えてなかなか興味深く、抄訳を挙げてみようかと思い立った次第です。

 抄訳にあたり、
・ニック・ビール氏には"No Objection !"と快諾頂きました。
・表題の正式な部隊名称は長いので、「5.(F)/123」というように都合により簡略表記します。(原文もこの通り)
・盗聴された会話記録の部分は、ざっくばらんな雑談の雰囲気が出るように訳出してみました。
・[ ]の部分に、訳出時の注記を示しました。
 以上も含めて訳出文の文責は、私「栗人@ケータイ」にあります。

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1.不注意なお喋り

 1.(F)/122のメイヤー上級士官候補生は、1944年4月26日に通信士として搭乗していたMe410がイギリス沿岸で撃墜されイギリス軍の捕虜となった。捕虜生活の中で、彼は元5./KG2のパイロットだった捕虜に自分がフランスで見ていたものについて話したが、CSDICの盗聴マイクもそれを捕らえていた。

「"109"が一機、基地の近くの飛行場で改造されていて、完成間近だったよ。特に高々度飛行用に改造されていて、13,500mまで上がれるということだった。それで主翼に中央部分が追加されて・・・とても翼が長かった・・・」

 5月10日、FAG123の技術将校は、第5中隊のカイザー中尉にグワイヤンクール[*1]の工廠から「H仕様のBf109G-5」を一機受領するように発令した。5.(F)/123は、5月16日に、「G-5から改造された」Bf109Hを受領したと報告している。

 イギリス空軍省の情報部は「Bf109Hについて確実な情報は無いが、おそらく高々度写真偵察機であろう」と推測している。

 [*1]パリ南西、ベルサイユのすぐそば

2.機体の詳細

 この機体は製造番号110073で、Bf109G-5/U2/ASをベースにした1機だけの特別改造型であり、主な装備は次のような内容であった。

・与圧キャビン搭載
・エンジン: DB605-GS[*2]、 緊急出力増加装置MW50[*3]とGM-1[*4]つき
・偵察カメラ: Rb50/30 x1
・武装: MG151/20 x1
・無線装備: FuG16Z、FA16E、FA16S、FuG25A

 これとは別に5月11日、5.(F)/123はエルラ工場から全周視界キャノピー[*5]が完成したとの連絡を受け、3セットを受領。

 また5月17日には、FAG123は第4,5中隊のパイロット用に腕時計タイプのクロノグラフ20基の要求を出している。クロノグラフのストップウォッチ機能は計器飛行や目標地点に向けたコースを定めるために必要なものであるが、Bf109に装備された時計ではこれが見にくかったのである。

 [*2]DB605ASMエンジンのプロトタイプ呼称らしい
 [*3]中低空用の緊急出力増加装置で、水メタノール噴射装置です。
 [*4]高空用の緊急出力増加装置で、液化亜酸化窒素の噴射装置です。
 [*5]これがエルラ・ハウベでしょう。

3.1944年5月24日〜5月31日

 5月24日、5.(F)/123は配下のパイロットの状態を、「即時待機5名、条件付き待機3名、療養中3名」と報告している。

 同日、4.(F)/123のBf109G-5が1機、味方対空砲火の誤射で撃墜されパイロットが殉職する事件が発生。

 5月31日、FAG123の技術将校が、エルラ工場製のASエンジン装備Bf109について苦情を発信している。内容は断片的であるが、エルラ社の改修内容に関するものであり、「写真装備を取り出すためにはまず燃料タンクを取り外す必要があり、このためグワイヤンクールに4〜5日も留め置かれてしまう」というものであった。

[こうして、6月6日、連合軍によるノルマンディ上陸作戦を迎えます]

4.1944年6月9日〜6月10日

 6月9日午後、FAG123の作戦将校は、第5中隊に宛て、天候が回復次第、シェルブール〜ル・アーブル間の連合軍橋頭堡に対する写真偵察を行うよう命令を発令。

・任務には細心の注意を払い、最良のパイロットが搭乗するBf109Hで実施せよ。
任務完了後はグワイヤンクールに着陸せよ。

[参考としてフランス西部の地図と位置関係を示します。当時、5.(F)/123はアラス近郊のモンシー・ブルトンに駐留していました。モンシー・ブルトンを発進して連合軍上陸地域の偵察を数ソーティ行った後にグワイヤンクールに向かうとすると、直線距離で900km程度。Bf109としては航続能力の限界に近い飛行になりそうです。]


 同日の第5中隊の状態は次のように記録されている。(誰が最良のパイロットかは記録無し)
・パイロット即時待機7名、 条件付き待機4名、 出張中2名、 療養中2名
[即時待機者リストの中に、後述するカイザー中尉、ウォルソー少尉の名が挙がっています]
・保有11機。 うち稼働6機、 5日以内に稼働化3機、 他2機

 6月10日、FAG123司令ナップ少佐は3.(F)/122、5.(F)/123および第51気象観測飛行隊とで会議を開催。会議の内容は記録に残っていないが、同日14:30に、作戦将校が5.(F)/123に新しい命令を伝達。

・Bf109Hによる写真偵察を準備せよ。敵占領地域に加え、セーヌ湾の艦船集結状況も撮影せよ。

 [この命令を受けて実際に偵察飛行が行われたのかどうかはニック・ビール氏の記事には記載ありません。しかし、ビール氏も参加しているインターネット上のフォーラム"12 O'Clock High"の中でクリス・G氏が、6月12日に複数の連合軍橋頭堡と拠点を撮影した写真が残っており、この中にH型が撮影したものが含まれているかもしれないと述べています]

5.1944年7月12日〜7月27日

 ただ1機のBf109Hは、1944年7月にFAG123の装備機リストから消えた。しかしその原因は、ウォルソー少尉とオットナー少尉との談話にあるように、敵の活動によるものではなかった。
[5.(F)/123のウォルソー少尉は8月16日に撃墜され捕虜となり、オットナー少尉は8./JG27所属で8月18日に撃墜され捕虜になっていました]

ウォルソー少尉: H型というのがあったよ。部隊司令の説明では、中隊長が工廠で試験飛行した時の高度計と気圧計の記録によると「H型は高度14,200mまで上昇してきた」ということだった。機体に装備されている高度計と気圧計は15,000mまで計測できる特別なものだった。

「H型ならば、敵のどんな航空機よりも高く上がれる。他に何か知りたいことは?」そこで彼にこう説明しなければいけなかった。しばらくの間は上昇して敵から逃れられるかもしれないが、燃料が続かないので14,200mには留まれない。高々度では燃料消費が大きいので、そこに留まれないんだよ。いずれはH型でもまた降りてこなきゃいけなくなる。まあその時には時速650km出せるけど。

オットナー少尉: うーむ。「ハインリッヒよ、私は君には震え上がる」としか言いようがないな。

ウォルソー少尉: 我々も同じようなことを言ってやった。けどそれを飛ばさなくてはならなくなった。しかし、こともあろうに味方の対空砲火に撃ち落とされてしまったのだ。

オットナー少尉: 誰が乗っていた?

ウォルソー少尉: うちの中隊長(カイザー中尉)

オットナー少尉: 脱出できたのか?

ウォルソー少尉: ああ。胴体着陸した。機体は燃えてしまったけどね。我々は喜んだよ。
連中がH型でやりたかったことだが、シェルブールからオルヌ川の河口までの海岸地帯のモザイク写真が欲しかったのだな。それを1フライトで撮れということだった。
H型用に特製の大型増槽が作られていた。280リッター入りではなく500リッター入るやつだ。それを付けて飛ぶことになっていた。

オットナー少尉: それじゃあ離陸できなかったのではないのか・・・

ウォルソー少尉: いや、離陸はできたよ。なんとか離陸できるだけの加速はできた。
左右に1メートルの翼が付け足されていて、その外側に普通の"109"の主翼がついていた。翼幅が2m大きくなっていたよ。

オットナー少尉: そりゃあ飛び上がるには良いな。

ウォルソー少尉: ああ。着陸にもね。時速110kmで着陸した。脚は、そのう・・・元の主翼をつなげている箇所についていた。

オットナー少尉: その改造は、うまくいっていたのかい?

ウォルソー少尉: その所はうまくいっていた。そしてその外側に主翼がつく。主翼の延長部分は特に良いところは無かったな。離陸と着陸は簡単だったよ。ただ速度を付けさえすればよかった。機体は常にノーズヘビーでね。尾翼を浮かせるためには両手の力が必要だったが、尾翼が浮けば自然に離陸した。滑走距離は100mくらいだったかな。

オットナー少尉: 速度はどのくらい出せた?

ウォルソー少尉: 低空で大型増槽つき、吸気圧1.0気圧で時速360km。増槽無しでメタノール噴射を使えば低空でも時速540kmから550kmまで出せるということだった。これならば低空に降りてきても多少は安心だな。[*6]
しかし急降下は禁止されていた。それに滑空に入れることも禁止されていた。瞬きする間に時速650kmまで加速してしまう。

オットナー少尉: バンクはどうだった?

ウォルソー少尉: だめだったね。30度以上バンクしないと旋回できなかった。[*7]
シェイファー(?)と私が選ばれてH型のソーティを飛ぶことになっていた。我々は座り込んで酒を飲んで騒いだ末に、H型を飛行場の真ん中に放り出してマスタングか何かに始末してもらおうかと、ずっと考えていたものだ。
機体にはメタノール噴射とGM1が装備されていた。それぞれ使い道があってね。実際、上昇はすばらしかったよ。メタノール噴射を使って高度8,000mまで上昇したことがあった。低空でメタノール噴射のスイッチを入れて上昇を始めると、5分で高度8,000mまで昇っていた。

西部フランス航空管区発の通信の中に、上のウォルソー少尉の話と符合するものがある。

・7月12日18:18、第727高射砲大隊の第2、第3中隊によりMe109が撃墜された。機体は不時着し、パイロットのカイザー中尉は生存。
第727高射砲大隊を管轄する第3高射砲軍団は、調査の上、第3航空艦隊に直接報告すべし。

 カイザー中尉はこの誤射事件を大した怪我もなく助かった模様で、7月16日付けの5.(F)/123の即時待機パイロットリストに再びその名前が挙がっている。
 そしてツキがなかったBf109H、製造番号110073は、7月27日に第5中隊からグワイヤンクールの工廠に返納されて終わりを遂げたのである。

 [*6]増槽をつけた飛行の記述で、原文では増槽を単数形で表しています。従って、増槽は両翼下に計2本吊り下げるのではなく、機体中央部に1本のみの搭載だったと推測します。
 [*7]原文を直訳すると「30度以上でないとバンクできなかった」となるので、このように訳してみました。ここは内容を確認したい所であります。

おわり